全国の懐かしい町並みを見て歩いてかれこれ30年近くになりました。 その時の街並み紀行とあわせて、主に余り著名でないB級以下の建物やバスをはじめとした懐かしい車たちを色々な角度から見た画像なども紹介したいと思っています。 建物の模型等を作られる方の参考になればブログ主としては大変幸せに思います。

2014年5月27日火曜日

安芸灘とびしま海道を旅する 御手洗の乙女座

大崎下島・御手洗地区には洋風の外観の芝居小屋がありました。
高度成長時代は街の映画館としても機能をしていたようです。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

外観です。
使われなくなって久しい建物を修復したものです。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

反対側から。
狭い路地に建っているので全貌をお伝えするのが難しいです。
建物の性格上、奥行き方向はかなり長い結構大きな建物です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

正面のファザードはなかなか凝っています。


14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらがその乙女座の内部の様子です。
後方から舞台を望みます。
床は畳敷きで舞台から後方に向けて傾斜がつけられています。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

反対に舞台から客席を見た様子です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

少し上を向いて見た様子です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらは二階席奥から舞台方向を見た様子です。
私の撮影位置の左側に映写室があります。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらは二階席の先端部分から1階を見下ろした図です。


近年の広告のようですが、懐かしい雰囲気の広告が館内に残っていました。

2014年5月22日木曜日

安芸灘とびしま海道を旅する 大崎下島御手洗その3

御手洗ではこちらの旅館にお世話になりました。
御手洗地区ではここを含めて2軒しか宿泊できるところは無い模様で、連休直前の予約で大丈夫か心配でしたがあっさり宿泊できて一安心。
大変家族的でリーズナブルな宿泊料金でした。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

今回は御手洗の街で宿泊をして観光客のいない夕暮れと早朝に街並みを散策をするのも目的でした。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

夕食前のみはらし旅館前御手洗港の光景です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

夕陽を浴びた瀬戸内の島の夕景。
何となく心が和む風景です。



海の幸の夕食。
質素ながら美味しく頂きました。


14.5.3 広島県 豊町御手洗

夕食後、街並みを散策しました。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

照明が白い水銀灯やLEDだったりするのがちょっと興醒めです。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

船に乗ったまま参拝fが出来るように海べりに鳥居がある神社。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

まさに陽が落ちようとする御手洗の風景です。
実に静かな時間が流れていました。

14.5.4 広島県 豊町御手洗
明けて翌朝です。

14.5.4 広島県 豊町御手洗
渋い地酒の看板のある倉庫。

14.5.4 広島県 豊町御手洗
町はずれの波止場の光景です。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

明治時代の写真と比べてもあまり変わっていない港湾風景が残っていました。


2014年5月18日日曜日

安芸灘とびしま海道を旅する 大崎下島 御手洗 その2

御手洗の街、その二回目は街並みの中にいくつか点在している洋館です。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

郵便局の前の角に建つ理容室。
訪問時お休みでしたがこちらは現役のようです。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらは反対側から見た理容室。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

良く見ると窓は二重窓になっており、内側の窓はアルミサッシでした。
おそらく修景をしたものなのでしょうね。
現実をちょっと見たような気がしました。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

こちらは個人宅のようですが、海に面した道路に合わせて斜めにカットされたような複雑で不思議な形をした建物でした。

14.5.3 広島県 豊町御手洗
こちらが反対側から見た様子です。
ショートケーキのようにカットされています。
背景に写っている旅館に一晩お世話になりました。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

もう少し右側から。
三角形の角はやはり物置でしょうか?
使いにくそうです。
御手洗は狭い敷地の中にひしめき合いながら建物が建っていますので、少しでも敷地を有効活用したかったのでしょうね。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらは上の建物に隣接して建つ洋館。
目の前が船着場になっているので船の乗船券売り場になっていました。
しかし橋で本土とつながってからは船便も減少、殆んど機能をしていない模様でした。

14.5.3 広島県 豊町御手洗
同じ建物の裏側です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗
こちらは看板建築風商店。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

こちらはロケなどでよく使われているという、越智病院。
現在は隣町に移転して病院としては機能していません。
正面からのバランスは微妙な建物です。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

二階部分の窓配置がちょっと落ち着きません。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

海側から見た正面の全景。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

凝ったデザインの玄関差し掛け。

14.5.4 広島県 豊町御手洗

脇の路地の向こうには海が見えます。
いい風景ですね。

14.5.4 広島県 豊町御手洗
裏側です。


2014年5月14日水曜日

安芸灘とびしま海道を旅する 大崎下島 御手洗 その1

とびしま海道の4つ目の島、大崎下島の突端部にある港町・御手洗(『おてあらい』ではなく『みたらい』と読みます!)は江戸時代から栄えた港町の風情を残す街として重伝建地区に指定されました。
書物では見ていたものの、実際に行くのにはやはり距離的にもハードルの高い場所でしたが、いつかは瀬戸内の島巡りで訪れたいと思っていた場所です。
今回はここに来て泊まることを最大の目的にして旅程を組みました。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

先ずは御手洗の歴史解説をしなければいけません。
こちらは安芸灘とびしま海道連携協議会のサイトの案内から引用しました。
以下は引用文です。

『江戸時代、風待ちや潮待ちの港町として栄えた御手洗は、平成6年重要伝統的建造物群保存地区として国から選定されました。土地が狭いため数度にわたって埋め立てられた御手洗は、大小の商家、茶屋、船宿、住宅、神社、寺院などが混在し、集落中心路、集落連絡路、集落生活路(小路)等が網の目のように巡っています。また大波止、石橋、高燈籠、石垣護岸、雁木等、港町の生活上必要な土木的建造物が当時のまま現存しているものもあります。御手洗地区は17世紀の中頃形成されて以来、江戸時代の約200年間を経て昭和初期に至るまで、瀬戸内海交通の中継港として、時代時代に応じた発展を示し、その痕跡を今も集落内に留めています。 また、ここでは、地元の観光ガイドが、歴史や文化について分かりやすく案内をしてくれます。』

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらが一番の見所と言える常盤町通り。
江戸時代の街並みが残っています。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

狭い路地に妻入りの建物が連なっている様は距離は短いものの、なかなか迫力があります。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

上の写真の反対側・潮待ち館から見た様子です。
以前はここで街の案内をしていたようですが、休憩所ができて移転をしていて中は覗けませんでした。
移転の案内の張り紙がしてありますが、わかりにくく、もうちょっと配慮して欲しかったなあ・・・というところですね。

14.5.3 広島県 豊町御手洗


14.5.3 広島県 豊町御手洗

少し複雑な三叉路の角から先程やって来た方向を振り返ったところです。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらは江戸時代の遊郭・若胡屋(わかえびすや)です。
江戸時代、御手洗には4軒の茶屋=遊廓があって、風待ち・潮待ちの旅人相手に最盛期には300人もの遊女を抱えていたそうです。
4軒の遊郭の中でもこの若胡屋は最大級で、西日本一に遊郭と言われていました。


14.5.3 広島県 豊町御手洗

若胡屋の向かいにある酒屋さん。
その奥の金子邸は坂本龍馬も何回も泊まって倒幕のための条約を結んだという由緒ある場所です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらは世界から修理の依頼が舞い込むという有名な時計屋さんです。
日本で一番古い現役の時計屋さんのようです。

14.5.3 広島県 豊町御手洗
看板も渋いです。
ご主人が色々な説明をされていました。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

街を一望できる歴史の見える丘公園に向かいます。
上を見上げるとゾッとするような階段の連続です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

中腹まで登ってきました。
ここからでも中々な景色です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

画面中央に見える千砂子波止(ちさごはと)は、江戸時代に築かれた防波堤です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらが歴史の見える丘公園一番上からの展望です。
対岸は愛媛県の岡村島です。


14.5.3 広島県 豊町御手洗


14.5.4 広島県 豊町御手洗

対岸の愛媛県岡村島から見た御手洗の街並み。